愛とロマンな日常

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私の私による私のためのブログ

PL学園の思い出-野球部やら校歌やら甲子園やら

私達世代で高校野球といえば、真っ先に浮かぶのはやはりPL学園です。

小学生の頃に見た桑田、清原のKKコンビを擁するPL学園の強さは圧倒的でした。

PL学園の勝率が高かったため、同校の校歌を聞く機会が多くなり、自分が通っていた学校の校歌は覚えていなかったのですが、PL学園の校歌は覚えていた位です。

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今でも歌詞を見ただけで、メロディをすべて思い出すことができますね。

最初のインパクトは、当時無敵だった水野投手を擁する池田高校に圧勝した試合でした。

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子供心にどんな高校も水野を攻略することなど出来ないんじゃないか、と思っていたところに、一年生で、しかもピッチャーだった桑田が水野からホームランを放ったシーンは衝撃的でした。

それよりも10年近く前の「逆転のPL」時代は知らなかったものの、親からそんな話を聞いたり、当時漢字ばかりのいかつい校名の多かったなかで、アルファベットの入った校名がカッコよく、小学生だった私は、一気にPL学園のファンになりました。

KKコンビ時代のPL学園は、結局、春夏5期連続で全て甲子園に出場し、

■一年生時夏優勝

■二年生時春準優勝

■二年生時夏準優勝

■三年生時春ベスト4

■三年生時夏優勝

という凄まじい結果を残しています。一・二回戦は勝って当たり前、と本来ならあり得ないことを当たり前と思わせる強さがありました。

清原のパワフルなバッティングも魅力的でした。一年生の夏、Y校の愛称で甲子園の常連だった決勝の横浜商業戦で初ホームランを放つと、二年生の春3本、二年生の夏3本(対享栄戦で一試合3本の大会記録を樹立)、三年生春1本、三年生の夏は5本と、合計13本のホームランを記録しました。甲子園通算13本塁打。この記録はいまだに破られていません。

特に三年生の夏、決勝の宇部商戦の2本目のホームランを放つと、実況の植草アナウンサーは「甲子園は清原のためにあるのか」との名言を発しました。これは決して行き過ぎた表現ではなく、まさにテレビの前の皆が思っていたことで、納得の一言だった印象があります。

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PL学園はKKコンビ以外の年代も繰り返し甲子園に出場し、圧倒的な結果を残しました。

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また、輩出したプロ野球選手は数知れず、球界を代表する選手だけでも、立浪、片岡、福留、近いところでは前田健太、といった名プレイヤーたちがPL学園から誕生しています。

阪神タイガースが最下位を定位置としていた時代には、関西人の間では、PLと阪神が試合したらPLが勝つと、真剣に議論もされていた程でした。

冒頭に校歌の話をしましたが、PL学園の吹奏楽部が奏でる応援曲も非常にクオリティーが高かったです。オリジナルの楽曲で、甲子園に、よく似合っていました。

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今でもこれらの曲を聴くと、子供の頃、テレビにかじりついて見ていた甲子園を思い出しますね。

人文字もPL学園が元祖と言われています。「PL」、「GO」、「打て」など、PLがでると甲子園大会の全体が華やかになった印象があります。

最近になってPL学園で甲子園に出られた方が、野球部の体験記をブログにまとめられているのに出会いました。

イナリの野球流儀

詳細な記述で、非常に面白かったです。これだけの苦労があってのあの強さが作られたのだなと、納得の記事が満載でした。

 

私の子供の頃は、甲子園大会期間中はテレビをつけると必ずNHKと民放一局で中継をやっており、子供も大人も皆で高校野球をみていた印象があります。ここが強い、今日の試合のここがすごかったと、大人と同じ会話ができるのが楽しかったものです。

最近は価値観の多様化が進み、皆がそろって高校野球をみるということはなくなりました。世代ごとの隔離感も大きくなったようです。

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そんな中で、そのPL学園が休部することとなりました。実質的な廃部と言われています。時代の流れとはいえ、寂しい限りですね。

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