愛とロマンな日常

愛とロマンな日常

私の私による私のためのブログ

阪神タイガース暗黒時代の名場面①「巨人キラー」遠山の思い出

関西出身なのでご多分に漏れず、子供のころからのタイガースファンです。

スポーツに一番興味を持つ年代であった、80年代後半から00年代初めにかけて、タイガースは暗黒時代と呼ばれる、超低迷期にありました。

当時無敵だった高校野球の名門、PL学園と本気で勝負すれば、阪神は負けるのではないかとまで言われていた時代です。

それでも、いや、それだからこそか、阪神タイガースが好きで、ナイターのテレビ中継を毎日見ていました。

あの弱小スワローズを強豪チームに育て上げた、ノムさんこと野村克也さんが監督に就任した1999年から2001年にかけては、色々と印象的な試合を見ることができ、相変わらずタイガースは最下位を独走していましたが、本当に面白いシーズンだったと思います。

柔よく剛を制す 

そんな野村監督時代のタイガースを語るうえで、遠山奬志投手の活躍を避けて通るわけにはいきません。

身長もさほど高くなく、どちらかといえばずんぐりむっくりな体形。サイドスローから投じられる球速もけっして早くなく、テレビ映えしない投球。

そんな遠山投手が松井、高橋由、清水など、球界の名だたる強打者を揃えた巨人打線と対峙するシーンは、柔よく剛を制すを体現し、見応えのある対決でした。

巨人の重量打線

当時の巨人打線は、相手チームが右投手を先発させると、3番に清水、4番に松井、5番に高橋由と、当時の球界トップクラスの左打者をクリーンアップに並べ、相手チームを圧倒していました。日本を代表するバッター松井秀喜を中心に、本当によく打つチームでした。

大してタイガースは、当時、投手陣で常時球速140Kmをこえるストレートを投げられる投手が、数えるほどしかおらず、投手層の薄さも弱小であった理由の一つでした。まさに対照的な両チームだったわけです。

巨人との対戦は、終盤までリードしていても、いつ一発攻勢で逆転されるかもわからないとてもスリリングなものだったのです。

打線も弱かったタイガースは、巨人相手に中盤で大差をつけてリードするような試合はほとんどなく、中盤にさしかかると、負けているか、もしくは、僅差でリードしている試合かどちらかでした。

そんな試合の中盤~後半にかけての見どころが、弱小タイガースの中継ぎ、抑え陣が巨人の重量打線を抑えていくシーンだったのです。

仕事人の技

伝統の阪神巨人戦。7回~9回のオモテ。タイガースのリードはわずかに1点。巨人は打順よく、3番清水からの好打順。あぁ、これは逆転されてしまうかな、という場面で、野村監督が投手交代を告げます。

ピッチャー、遠山。

満員の甲子園球場が沸きます。出てきた遠山は、先述の通り、決して恵まれた体格でもなく、球速も130Kmそこそこと大して速くない。球にさほど力があるようにも思えない。これであの巨人の重量打線を抑えることができるのかな、と不安に思います。

3番、清水。サイドスローからのシュートで内角をえぐられ、外に逃げるカーブ、スライダーで凡退。

4番、松井。外に逃げるスライダーのあとに、内角のシュートを詰まらせ、3球でライトフライに倒れる。

5番、高橋。アウトローのスライダー。きわどいコースをボール判定され、苦笑いの遠山。最後は松井と同じく内角シュートを詰まらせ、ファーストゴロに打ち取る。

満員の甲子園球場は大歓声です。失礼かもしれませんが、一見冴えない中年投手が巨人が誇る左の3枚看板を一刀両断。まさに仕事人の技です。

スター選手のいないタイガースならではの魅せ方。当人である遠山投手も素晴らしいし、この選手起用を行う野村監督の采配も素晴らしい。プロの魅せ方です。

当時のタイガースは、ベテランの中継ぎ投手が多く活躍しており、同じく右のサイドスローの中継ぎ投手で葛西投手、伊藤投手といった選手もフル回転で出場していました。左の遠山投手と右の葛西投手はともに野手の経験があり、一塁手との兼用で、「遠山⇒葛西⇒遠山⇒葛西」とつなげる「遠山・葛西スペシャル」など、タイガースならではの見せ所も演出されていました。

www.youtube.com

浪花節の魅力

遠山投手は、元々投手だったのですが、故障により成績不振となってトレードされ、その後野手に転向し、戦力外となったあと、タイガースにテスト入団して投手に戻った苦労人です。

そんな遠山投手が復活し、巨人の重量打線を手玉にとる様子は、暗黒時代のタイガースファンにとって、胸がスカッとする心に残る名場面でした。浪花節ですね。

だからこそ、どんなに負け続けても、タイガースファンで居続けることができたのでしょう。