愛とロマンな日常

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私の私による私のためのブログ

恋するふたり-大瀧詠一 歌詞考察

いよいよ暖かくなってきて、春本番という感じですね。私が毎日通っている三越脇の江戸桜通りの桜も満開です。

さて、昨年の秋には当ブログで、松田聖子の名曲「風立ちぬ」を取り上げましたが、その春版といわれている大瀧詠一の「恋するふたり」。

いくつになっても春を感じることのできる名曲ですね。

2003年5月に発売され、大瀧詠一にとって最後のシングルとなった曲でもあります。今日はこの曲の歌詞を考察していきたいと思います。

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春はいつでも~恋の予感響かせ

出だしのメロディーが「風立ちぬ」とそっくり。

ストレートでわかりやすい歌詞。確かに、いくつになっても、春はなぜか心が騒ぎ出します。悪い気分じゃない。

Boy meets girl~めぐり逢う

やっぱり人と人との出会いって奇跡なのでしょうね。運命的な巡り合わせがないと、恋愛対象として出会うことってめったにない。誰にでも出会いってあるのですけど、意図的に出会うことってできないんですよね。

甘い君の~色づいていく

人ってなぜいくつになっても恋に落ちるのでしょう。そんな感情忘れかけていたはずなのに、不意にスイッチが入ってしまうのです。

虹の彼方に~ステキな夢を見る

スイッチが入ったら止まらない。色々と妄想をする。妄想は自由ですからね。でも、大きくなった妄想が現実の自分を突き動かすのです。

揺れてふいに~小さくふるえてる

相手も同じ気持ちだったらどんなに幸せだろう。それがシンクロした瞬間の幸福感・高揚感といったらないですよね。

Boy meets girl~さらわれていく季節

そうなったらもう戻れません。世界のすべてがこの出会いを中心に回り出すのです。

濡れた瞳見つめ~静かに抱きしめる

相手を愛おしく思う気持ち、相手も自分をおなじように思ってくれている証の濡れた瞳。それでも、一抹の不安を感じながら、愛の言葉を伝え、相手を抱きしめる。想像しただけで、カラダが震えますね。

燃える日射しが~恋の余韻響かせ

だんだん日差しが強くなる季節。じりじりと静かに、でも力強く二人を焦がす。なぜか春から夏にかけての日射しって、心を切なくさせますよね。なぜなんでしょう。それがうまく表現されていて臨場感に拍車をかけます。

Boy meets girl~裸足の夏を待つ

そうなんです。言われて気づくのですが、なぜか春って夏が待ち遠しくなる。そしてその夏が永遠に続くような気がするのです。秋や冬のことは考えられない。バカですよね。夏なんてあっという間に終わって、すぐ秋が来て、冬になるのに。

君のまぶしい~溶け込んでいく

恋する気持ちって、決する満たされることのない気持ちなのですが(そのおかげでいつまでも恋する気持ちを抱くことができる。満たされればその瞬間に終わってしまいますからね。)、相手に見とれているうちは、それが中和されるような気分になります。

春はいつでも~恋の予感響かせ

歳をとっても恋する気持ちはなくしちゃいけませんね。人生を頑張る原動力ってそんなにない。そりゃ一握りの成功者は日々の自分の成功が原動力になるのでしょうが、普通に年取っていくその他大勢の人は、恋心こそが数少ない人生を頑張る原動力になるのです。それを思い出させてくれるこの歌詞とこのメロディーは素晴らしい。

Boy meets girl~さらわれていく季節

もはや四十を越えて、そんな機会もないし、実際に恋をするわけではないですが、常に人生にロマンは求めたいものです。そんな気持ちを思い出させてくれるこの曲は名曲。大瀧詠一はこの曲を作ったときに55歳。55歳でこの感性。恋愛の神様といっていいですね。若くして亡くなられて、残念です。

恋するふたり

恋するふたり

 

 

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