愛とロマンな日常

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私の私による私のためのブログ

阪神タイガース暗黒時代の名場面②巨人・槙原投手との不思議な相性

世の中には不思議な縁といったものがある。これは否定できないと思います。

タイガースファンで、巨人の槙原寛己投手に悪い印象を持っている人はあまりいないのではないでしょうか。

槙原投手は、タイガースファンの間で後世まで語られるような伝説的なシーンで、相手投手として二度登場しているのです。

伝説のバックスクリーン3連発。相手投手は…?

タイガースファンにとって最も印象的なシーズンといえば、バース・掛布・岡田を中心とした猛虎打線を擁して、1985年の日本一となったシーズンが挙げられます。そのシーズンを象徴するようなシーンとして今も語られるのが、4月17日の対巨人2回線で放たれた、バース・掛布・岡田によるバックスクリーンへの3者連続ホームラン。

この日を境に猛虎打線に火がついて、タイガースはセリーグを制するのですが、このバックスクリーン3連発の相手投手が、槙原寛己投手でした。

槙原投手自体は決して悪い投手ではありません。キレの良いストレート・フォーク・スライダーを駆使し、特に90年代の巨人投手陣の柱として活躍。1994年には完全試合も達成しています。

しかし、相手とシチュエーションが悪かった。この年のタイガース打線は良い選手がそろったうえで、その選手全てが好調で、本来の実力が発揮されるという、奇跡的な条件が整っていたのです。

クリーンナップの3人がシーズン中欠場もなく、全て規定打席に到達し、さらに3人とも3割を打ち、ホームランを30本以上打つ打線というのはあまり見たことがありません。さらに1番打者の真弓までが、3割・30本を達成していたのですから、相手投手にしてみたら、相当な脅威だったでしょう。

誰かが火付け役にならなければならない。それがたまたま巨人の槙原投手であったに過ぎません。

相手がにっくきジャイアンツの投手だった。そして、球場が甲子園であった。…槙原投手には気の毒ですが、タイガースファンが後々まで語り草にするには十分な条件が揃っていたのです。

暗黒時代に光り輝く敬遠球サヨナラタイムリ

それから14年後の1999年シーズン。槙原投手は巨人の先発の柱として活躍したのち、ストッパーに転向。タイガースは1985年の日本一ののち、長期にわたる暗黒時代に突入。現状打破のために、スワローズを日本一に導いた野村克也を監督に迎え、チームの立て直しを図っていました。

当時のタイガースファンはいまだに85年の栄光を夢見て、毎年最下位争いを繰り広げているチームを応援し続ける暗黒の時代でした。

毎年、折り返しとなるオールスター戦くらいまでは上位にいるのですが、シーズンが終わってみると定位置である最下位が確定している。その繰り返し。

この1999年も、野村監督を迎えてスタートダッシュをキメて、6月12日の巨人戦の段階ではまだかろうじて首位を維持。しかし、この試合に負けると首位陥落が決まるという瀬戸際まで追い込まれていました。

また、ここ十数年繰り返されてきたシーズンと同じく、首位陥落ののち、ずるずると定位置、最下位におちていくのか。

半分、諦めの気持ちで迎えた巨人戦です。

試合は延長戦にもつれ込み、4-4で迎えた12回裏。一死一三塁で4番、新庄選手の登場。新庄選手は当時、野村監督が唯一特別扱いしていたタイガース随一のスター選手でした。新庄選手は記録に残る数字はありませんでしたが、巨人の長嶋選手同様、記憶に残る選手でした。

巨人の投手は槙原。実力はあるのですが、ストッパーとしては今一つ存在感を示しきれていませんでした。そして、14年前に伝説のバックスクリーン3連発を献上してくれた投手です。

千両役者の新庄にはうってつけの場面。ここで、巨人バッテリーは4番の新庄を敬遠します。

敬遠のボールにしては、あまく入った1球目を新庄は見逃しませんでした。打てそうだと感じた新庄は、柏原打撃コーチに目で合図をおくったそうです。コーチからは打ってよいとの返答。

そして、2球目。先程よりもさらに甘く入った敬遠球を新庄は大根切りのようなスイングでひっぱたきました。ボールはガラ空きとなっていた三遊間を抜けてレフト前に。

見事なサヨナラ安打となりました。沸き立つ甲子園。テレビ観戦していた私も鳥肌の立つシーンでした。槙原ありがとう。

タイガースの暗黒時代を彩る、数少ない名場面。いかにも新庄らしい演出でした。

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「明日も勝つ」!?

このエピソードにはおまけがあります。この日のヒーローインタビューで新庄は「明日も勝つ」と声高らかに宣言。しかし。その宣言に反して翌日の新庄は巨人上原の前に5打数無安打。チームも敗戦。その後、新庄は9月にサヨナラ本塁打を打ち、ヒーローインタビューでもう一度「明日も勝つ」と宣言しますが、その次の日からなんとチームは12連敗の球団記録。あれよあれよという間にチームは最下位に転落。この年も例年通り最下位でシーズンを終えることとなりました。

その後、ヒーローインタビューで「明日は勝つ」はタブーとされています。

宇宙人・新庄らしいエピソードですよね。